藤圭子の生い立ちは?韓国籍?離婚歴(回数)は?前川清との子供は宇多田ヒカル?

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今回は藤圭子についての記事について書いていきたいと思います。本名は「宇多田純子」という名で当時は演歌歌手として活動していましたが、2013年8月22日にお亡くなりになっています。
一時期藤圭子の娘が歌手・宇多田ヒカルという報道により一時期話題になったことは皆さんの記憶に新しいのではないかと思います。そんな藤圭子のあれこれについて見ていきましょう。

藤圭子の生い立ちは?韓国籍?

現在はもうこの世を去った藤圭子ですが、まずは当時の彼女の生い立ちについて見ていきたいと思います。ネット上では藤圭子は韓国籍だとの噂も出ているのですが実際のところどうなのでしょうか。

実父は浪曲歌手、実母は三味線瞽女という一家に育ち、 藤圭子さんも幼いころは両親に同行し旅回りの生活をしながら歌っていたそうです。更にご両親とも盲目だったそうで、生活のすべてを一手に引き受けていたのではないかと思われます。

非常に成績優秀で勉強も好きだったという藤圭子さんでしたが、貧しかったため高校進学を断念せざるをえなったようです。その後17歳で上京し、成功をおさめた藤圭子さんですが、 やはり幼いころの貧しかった経験やそれにより我慢を強いられる生活が 藤圭子さんに及ぼした影響は大きかったのではないでしょうか。

また、藤圭子さん実は在日韓国人なのではないかという噂もあるようです。2002年に某掲示板で娘の宇多田ヒカルさんの本名は金光美といい、朝鮮人である!という書き込みがあったのが噂の発端のようです。

真実はどうなのか調べていきましたが、信憑性のある記事や情報は出てきませんでした。

なるほどどうやら藤圭子は日本を転々としながら貧しい生活を送っていたようですね。色々と我慢や不満を抱えていたようで、子供ながら波乱万丈な人生を送っていたようですね。
また藤圭子が韓国籍であるという内容も明確な証拠もないためガセネタだと断定してもいいでしょう。

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藤圭子の離婚歴について。離婚回数が多い理由は?

藤圭子は宇多田ヒカルを出産していますが、前夫である宇多田照實と離婚していました。その数なんと7回という驚異的な数字らしいのです。
さすがにバツ7は多すぎると思うのですが(笑 ここでは藤圭子の離婚の内容について見ていきたいと思います。

「あの2人、6回の離婚と結婚を繰り返していてワケわかんないです」
宇多田ヒカルの発言に、世間が騒然となったのは06年のこと。さらに翌年には7度目の離婚に踏み切った藤圭子と宇多田照實氏は25年の夫婦生活を完全に終えた。

夫であった照實氏は99年、本誌の独占インタビューに登場し、こんな発言をしている。

「ささいなことで口論になって、お互いが意地を張って、そのまま離婚しちゃって。あとで『寂しいなあ、何であんなことになったんだろう』って。
あとで『あれっ』と2人とも思って、『別にこんなことで離婚する必要なんかなかったよな』って思った時に、また入籍してた」
最短で1週間で復縁したこともあった。

どうやら藤圭子の7回の離婚というのは全て宇多田照實とのものだったようです。それにしても同じ相手と7回も入籍・離婚を繰り返すとはさすがに今までに聞いたことが無くてびっくりしました。

しかも内容を見ていると原因もそこまで深刻な事ではない様で、宇多田ヒカルが「わけがわからない」と言ってしまうのも納得できてしまいますね。

藤圭子と前川清との間に和田アキ子の禁断恋があった?

宇多田照實と入籍・離婚を繰り返していた藤圭子ですが、どうやら噂では前川清と和田アキ子を巻き込んでの三角関係があったとか何とか。かなりの大御所の名前が出てきましたが、実際のところどうなのでしょうか。

和田さんは前川さんに惹かれていった。深夜のドライブなど人目を忍んでデートしていましたが、お互い一気に売れっ子になったこともあって、その恋は残念ながら実らなかったんです。

そして前川は1971年、藤と電撃婚をする。

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「わずか1年で夫婦生活は破綻するんですが、ツーショットでの離婚会見では、その理由さえ互いに“なんだっけ?”というほど乾いた関係でした。そして後になって藤さんは“ふたりでいること自体が疲れた”と、結婚生活を振り返ったりしていました。

和田さんにとって前川さんは、後にも先にも芸能界で唯一恋をした相手。ずっと忘れられない人でした。
その彼を汚されたという思いがあるんでしょう」

なるほど藤圭子は前川清とも結婚していたようです。この結婚も離婚で終わっているようで、どうやら藤圭子は相当恋多き人だったことが分かりますね。

また前川清に対して当時好意を持っていた和田アキコは約1年で離婚した藤圭子についてよく思っていないということから三角関係の噂が流れていたようです。しかし現在では前川清と和田アキコがテレビで共演して当時の出来事を語っているのでそこまで確執は無いように思えますね。

藤圭子と前川清の子供は?

上で書いたように僅か1年足らずで離婚したものの結婚していた藤圭子と前川清ですが、2人の間に子供はいたのでしょうか。宇多田ヒカルは宇多田照實との子なので違いますがどうなのでしょうか。

藤圭子は「圭子の夢は夜開く」「命預けます」など、時代の寵児として空前の人気を得ながら、1971年、デビューからたった2年で、前川清と結婚します。前川清もまだ23歳、藤圭子は20歳の若さに、芸能界は騒然となりました。

さらに、前川清と藤圭子は、たった1年あまりで離婚してしまったため、芸能マスコミは一斉に、子供のままごと夫婦と、大バッシングを始めました。

調べてみたところ彼らの間に子供はいなかったようです。当時前川清が23歳、藤圭子が20歳の時に結婚したのでお互いまだ精神的に成熟しておらず、自分のことで精一杯だった時期ということもあり子供は作らなかったようですね。

藤圭子と宇多田ヒカルの関係。似てる?歌声は?デュエットで共演有り?

先に紹介したように藤圭子と宇多田ヒカルの関係は血の繋がった親です。また「GOLDEN ERA」という曲のデュエットで共演した事もあるそうですね。
そんな二人が似ているかどうか気になりますよね。ここでは写真で2人を見比べてみたいと思います。


↑左が宇多田ヒカル、右が藤圭子の画像です

確かに見比べてみると似ていますね。どちらも目元がパッチリとしていて可愛らしい顔をしていると思います。
現在はメディアに姿を見せない宇多田ヒカルですが、成長した姿は藤圭子に似ていると考えられますね。

宇多田ヒカルが吐露した藤圭子の死への心情は?2人の確執の真相は?

藤圭子の死因は自殺によるもので当時世間を驚かせました。そして宇多田ヒカルが母・藤圭子の死を受けて今までの気持ちを公開しています。
宇多田ヒカルは藤圭子の死に対してどのような思いを持っていたのでしょうか。

幼少期から、藤さんの病気が悪化していく姿を見ていて、

「症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました」

といい、そんな藤さんに

「私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした」

と明かした。

自殺を選んだことには、
「母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかり」
だという。
「誤解されることの多い彼女」だったというが、実際には「誰よりもかわいらしい人」で、
「悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女」
母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです
と話している。

なるほど宇多田ヒカルは母との反発があったとはいえ、最後は母と娘の関係で良かったという結論に至っているようです。様々な紆余曲折があったとはいえ、宇多田ヒカル自身が母・藤圭子への気持ちを上手く昇華させることが出来ていることにホッとしました。

まとめ

いかがだったでしょうか。音楽の道を進みながら幼少期の貧困に始まり、結婚に離婚そして最後には自殺で自身の幕を閉じた波乱万丈な人生だった藤圭子でした。
心からのご冥福をお祈りすると共に、彼女の娘である宇多田ヒカルの今後の活躍を応援していきたいと思います。

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