彦摩呂の若い頃の画像がヤバイ!超絶スリムでイケメンだった!デブの快進撃を徹底検証!

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彦摩呂さんは1966年9月15日生まれの53歳(2020年6月現在)で、グルメリポーターとして有名です。本名は原吉彦といい、太田プロに所属しています。

彦摩呂さんは「まるで宝石箱や〜」などという独特な表現の仕方で食レポをして人気を博しました。グルメリポーターは食べるのが仕事なので、どんどん太ってしまい不健康な体になってしまったという噂が。

しかも昔は超スリムでイケメンだったことが判明!今回はそんな彦摩呂さんのデブ快進撃を紹介していきます。

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彦摩呂の若い頃の画像が超絶スリムでイケメンだった!現在と比較したらもはや別人!?

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彦摩呂さんは今でこそトドのようないで立ちですが、昔はかなりスリムでスラッと体型でした。しかも、アイドルグループの一員だったので驚きです。

彦摩呂さんの昔はどのような感じだったのでしょうか。

彦摩呂は若い頃「幕末塾」というアイドルグループで活動をしていた!

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芸能界入りのキッカケは、アイドルグループ・幕末塾のメンバーに入ったことでした。

しかしアイドルとしてはあまりブレイクできず、幕末塾は自然解散状態に。彦摩呂さんは舞台を中心に俳優として細々と活動していました。

食レポの名人として脚光を浴びるようになるまで、10年ほどかかったようです。そんな彦摩呂さんのデブサクセスストーリーを見ていきましょう。

彦摩呂の家族は大金持ちから極貧生活に?!

父方の実家は大地主の名家で、おじいさんは市議会議員も務めたことがあるそうです。しかし4歳の時に両親が離婚してしまい、母方についた彦摩呂さんは経済的に厳しくなります。

高校時代にはモデルのアルバイトをしていたそうです。高校卒業後は百貨店で働いたこともあったようです。

いまでこそ食レポの王様、太った体型もキャラクターとなっている彦摩呂さんですが、実はアイドルとしてデビューしていました。

そこにはあの人気グループに憧れていたと言われています。

彦摩呂は一世風靡に憧れた?!

高校卒業後モデルのアルバイトをしていた彦摩呂さんですが、東京に出て原宿でストリートパフォーマンスをしていたようです。当時ストリートパフォーマンスから有名になったグループに「一世風靡」がありますが、憧れていたのではないでしょうか。

彦摩呂さんを含め、原宿でパフォーマンスをしていた有志11人で「幕末塾」が結成されます(のち10人になる)。1988年2月なので、彦摩呂さんが21歳の時です。幕末塾のメンバーは全員本名をもじった幕末風の芸名を名乗るというルールがあり、彦摩呂という芸名もその時につけました。

結成されてまもない5月、『ナイスガイ・コンテスト』で幕末塾が準グランプリに輝きます。ちなみにグランプリは吉田栄作さんでした。

この時に司会をしていたのが、太田プロ所属の片岡鶴太郎さんです。その紹介で太田プロに入ります。ジャニーズではないアイドルユニットということで、芸能界デビューとなりました。

色々な人物が絡み合った感じですね。

彦摩呂のアイドルデビュー時の体重は「58kg」!現在の半分の体重だった!

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幕末塾のメンバーとしてアイドルデビューした彦摩呂さんですが、当時は体重が58㎏だったそうです。身長は172㎝だそうなので、少しやせ型といったところでしょうか。

幕末塾は一世風靡を目指していたので、彦摩呂さんもバク転の練習をしていたかもしれません。

今は完全にメタボの太りすぎで、バク転をしたら首を折りますね。

彦摩呂の若い頃の顔は中居正広似のイケメン?ジャニーズタレントのような端正な顔立ちだった!

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高校生の頃からモデルのアルバイトを始め、アイドルグループにも入った彦摩呂さん。若い頃はイケメンだったのでしょうか。その写真がこちらです。

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青空をバックにとても爽やかボーイですね。確かにジャニーズにいても違和感がなさそうです。

今や全く面影がなく、親戚の子供にすら似ていないでしょう。元SMAPの中居正広さんと森且行さんを足して2で割ったような気もします。

これなら女性にモテたのではないでしょうか。

彦摩呂は現在、体型だけでなく顔まで変形してきている?

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今では当時の面影もないくらいに太ってしまった彦摩呂さん。顔も変わってしまいました。その写真がこちらです。

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これはもう全く誰なのか分からないくらい原型を留めていない感じがします。ちょっと不健康を通り過ぎてしまっているのではないでしょうか。

ちなみにこの写真は水曜日のダウンタウンという番組で「彦麻呂海鮮丼のフタ開けて宝石が入っていたら宝石箱やと言うはず」のコーナーの一コマです。2020年なので最新の写真ですね。

そしてフタを開けた時のコメントは「宝石・・・?」でした。

流石に「宝石箱や〜」とは言わなかったようですね。

彦摩呂がアイドルからなぜグルメレポーターになったの?

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アイドルからグルメリポーターになるというのも、思い切ったキャラクター変更ですよね。

何があったのでしょう。

1991年に「幕末塾」は活動を停止!彦摩呂はアイドルから俳優業メインの仕事に切り替えていた!

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幕末塾はアイドルグループとして、下北沢の劇場で演劇やコントをしたり、アイドル雑誌に出たりしていました。

1989年には秋元康さんのプロデュースで1stシングルCD『Come on Let’s Dance』(TM NETWORKのカバー)」をリリース。1990年には日本青年館で初コンサートを行います。

全国ツアーもするほどでしたが、あまり火が付かず。メンバーはピンでの活動も同時にしていたそうです。彦摩呂さんも映画に出演しています。

結局幕末塾は3年ほどで自然消滅。メンバーはバラバラになり、彦摩呂さんは舞台を中心に俳優業を続けます。

名前もそのままで活動したようですね。

彦摩呂は活動の場を広げるため「レポーターの仕事がしたい」と志願していた!

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俳優をメインにしていた彦摩呂さんですが、あまり仕事がなかったのでしょう。ある日、仕事の幅を広げたいと事務所に相談します。

しかし、彦摩呂さんの事務所はモデルや俳優で売り出そうと考えていたので、一悶着あったようです。

彦摩呂さんの熱意に負け事務所はそれではと、当時人気絶頂だった山田邦子さん司会の情報番組に彦摩呂さんを起用します。

山田邦子さんは太田プロの看板タレントだったので、無名の彦摩呂さんをねじ込みやすかったのでしょうね。

とにかく色々な情報を人に伝えたいということで、リポーターになりたかったといいます。

彦摩呂は情報番組でお試しリポーターとして起用され見事に結果を出し食レポの道へ!

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彦摩呂さんは山田邦子さんの番組で、初めてのリポーターに挑戦します。最初の現場は「日暮里菓子玩具問屋街」でした。

この時に駄菓子屋でエンゼルパイ風の菓子を半分に割って「うわぁ、クリーム、見て~」と言いながらカメラに見せたりしました。

視聴者がよだれが出るようなリポートをしたかったそうですが、初めから食レポは上手だったとのこと。 

これが成功し、番組レギュラーとなります。山田邦子さんも相当の実力なので、若手の彦摩呂さんをうまくいじって面白くした部分もあるとは思いますが、結果的に事務所の戦略が当たったわけです。

ここから彦摩呂さんの、リポーターとしての道が開かれたのですね。

彦摩呂は料理をさまざまな比喩を使って表現する独特な食レポでグルメリポーターとして欠かせない存在に!

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彦摩呂さんに、リポーターとしての仕事が次々と入ってくるようになります。

始めから食べ物ばかりだったわけではなく、温泉、観光地、有名人の家など色々なところに行きました。

食レポもありましたが、その頃はまだ普通のリポーターと変わらない立ち位置でした。そのまま10年ほどが経ちます。

ある日、北海道の市場を訪れた彦摩呂さんは、海鮮丼の食レポをします。新鮮な北海道の海産物をいろいろと乗せた海鮮丼を見て、彦摩呂さんの口から思わず「うわぁ~海の宝石箱や〜!」というコメントが飛び出します。

この時は全くのアドリブで特に考えもなかったそうですが、これがウケました。

それ以降「〇〇の××や〜!」という言い回しを毎回使うようにします。それが徐々に浸透し、やがて鉄板ネタに。一般人からもモノマネされるほどの知名度を獲得しました。

まさに食レポの先駆けだったのですね。

彦摩呂がダイエットを決意!?そもそもどうしてそんなに太ったの?

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もともと食に興味があった彦摩呂さんは「どうやったら食べ物をおいしく見せることができるか」に興味が沸き、色々と研究したそうです。

仕事の9割が「食べる仕事」だという彦摩呂さん。太ってしまうのも分かる気がしますが、もっと深い理由がありました。

彦摩呂は「残さない」「完食する」という食レポに対する信念を持って仕事をしていた!

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食レポは、カットの声がかかったら食べるのをやめ、次の撮影の準備に入るのが普通です。

しかし彦摩呂さんは、撮影が終わっても食べ続け、必ず完食するように心がけていたそうです。

このことに対して彦摩呂さんはこのようにコメントをしています。

残すと店の人に”テレビやからおいしいと言っているだけで、ほんまはおいしくないと思ってるんちゃうか”と思われるのが嫌だったんです。だから、”カット、オッケーです”と言われたらすぐに”ご主人、ほんまおししいわ”って食べてた。でも、どんどん太っていくのでやめました

今は流石に完食しないで、スタッフと分けたりしているそうです。それでも残さないのが偉いですね。

彦摩呂の最高体重は130kg!?40歳頃からデブの快進撃が始まり10年間で40kg太っていた!

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食レポの達人になった彦摩呂さんの元へは、次から次へと食レポの仕事が舞い込みます。そのおかげで体重は増える一方となりました。

気がついたらヤバい状態になっていたのです。ピーク時はなんと130kgだったと本人が話していました。

彦摩呂はテレビ番組で医師から「余命3年」と宣告され本格的なダイエットを決意!

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2019年4月8日放送の『名医のTHE太鼓判!春の芸能人余命宣告3時間SP』に彦摩呂さんが出演。医師団から「余命3年」という衝撃の宣告を受けます。

理由は「心臓に基準値の3倍を超す脂肪が付いている」こと。脂肪が心臓の動きを制限し、血液の流れを止めてしまう危険性があるようです。

彦摩呂さんは「3年で死ぬの?カウントダウンってこと?」と動揺します。減量しないと命にかかわると知り、番組の企画で即ダイエットに入りました。

医師ではなく素人に見ても、余命がわずかなのがわかりますね。

彦摩呂は3ヶ月間で20kgの減量に成功!実践したダイエット方法が凄い!

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彦摩呂さんが行ったのは「低糖質ダイエット」です。米、芋、パスタ、砂糖などの炭水化物(糖質)を必要以上に摂らないようにする方法です。

彦摩呂さんはもともと甘いものがあまり好きではなかったそうですが、お酒を飲むときは低糖質のお酒や食べ物を選ぶようにしたそうです。

結果、3か月で21キロやせました。

その後も「食レポなのに、視聴者に体の心配されたら使命が崩れる」と、少しずつやせる努力を続けているそうです。

21キロだとまだまだな気がしますが、とりあえずキープはしてもらいたいですね。

彦摩呂を痩せさせると10億円の経済効果があるという噂があった!

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ダイエットを始めた彦摩呂さんのところには、スポーツジム、サプリメント会社、雑誌の企画など、20以上の企業から「仕事のオファー」があったそうです。

「彦摩呂さんのダイエットをプロデュースしたい」というわけですね。

それでうまくいけば、日本国中の人がその方法でダイエットするでしょうから、ダイエットプロデューサーにとって一獲千金。彦摩呂さんは最高のCMになります。

そういったことから「彦摩呂をやせさせたら10億円もうかる」や「経済効果は10億円」というフレーズが生まれました。

しかし、彦摩呂さんは全てのオファーを断りました。「以前に挑戦したダイエットではトレーナーがいなくなるとすぐにリバウンドしたから」というのが理由とのこと。

一人でも続けられるからと「低糖質ダイエット」にしたそうです。

でもまだ諦めていない企業もたくさんあるでしょう。

食レポタレントはこれ以上増えない?彦摩呂は今後も安泰だった!?

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「食レポタレント」といえば、彦摩呂さん以外には「まいう~」の石塚英彦さんが思い浮かびます。他にはギャル曽根さんや内山信二さん、肉にこだわる寺門ジモンさんといったところでしょうか。

最近の食レポは、アイドルやお笑い芸人など、他のジャンルで活躍してる人がすることが多いですね。

食レポに特化したタレントはもう出てこないと言われています。

食レポの表現方法が定番化?もう完成された感がある?

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彦摩呂さんや石塚英彦さんが極めた「食べ物を美味しく見せるコツ」は、生まれ持ったセンスではなく、練習して身につける技術のようなものでした。

そういう技術は簡単にマネできるので、食レポをやったことがなくても、話題の俳優や視聴率の取れるアイドルにリポーターをやらせることが増えたようです。

そのため、誰もが同じような定番の食リポになってしまったといわれています。

「まいう〜」のような衝撃的な名言が出ない限りは、もうこの先このままではないでしょうか。

彦摩呂が「食レポを披露しながら美味しそうに見えるコツ」を公開した事が影響した?

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彦摩呂さん自ら、長年かけて身に付けたテクをどんどんバラしています。

彦摩呂さんが2017年5月14日放送のバラエティ番組「テレビじゃ教えてくれない!業界裏教科書」に出演した時のこと。食レポのテクニックを教えてくれました。

食レポのやり方を誰も教えてくれなかったので、全て自分で考えたそうです。

例えば「食べ物を口に入れる瞬間、2秒止める」という基本テクや、「肉を持つ時はギリギリ端をつまんでなるべく大きく見せる」「とんかつは端から3番目のカットが一番キレイ」など目からウロコの話を惜しみなく披露しています。

こんなに教えちゃったら仕事が無くなるのではと心配になりそうですが、大丈夫なんでしょうか?

まとめ

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彦摩呂さんは加齢もあり、どんどん顔の原型がわからなくなってしまいました。昔のイメージが強かった人は、今の姿を見て衝撃を受けるのではないでしょうか。

今もダイエットを続けていますが、あまり効果が感じられません。健康状態が気になってしまい「もう食べないで」と言ってしまいそうなくらいです。

それでも石塚英彦さんのような後釜が現れない限りは、食レポを続けていくのでしょう。まだまだ53歳なので、健康でいてもらいたいですね。

心配ですがこれからも見守っていきましょう。

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