石倉三郎がケンカ番長!? かつての相方・レオナルド熊と自分の店について

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石倉三郎といえばビートたけしと下積みを積んで芸能界で生き残っている大御所タレントですよね。その時代の芸能界というのは喧嘩沙汰も日常茶飯事だったのですが、石倉三郎はその中でも特にケンカ番長と言われていました。

そんな石倉三郎について深く掘り下げてみました。

石倉三郎がケンカ最強ってほんと!?

今でもそうですが、昔の芸能界は特に不良少年がテレビを目指すことが多かったのです。元々、石倉三郎は任侠映画を中心に活動する俳優であり、ケンカっぱやい性格であるのは確かだったようで、ケンカにまつわる様々なエピソードを持っています。

当時俳優を目指していた石倉は、偶然出会った高倉健さんに東映に引き入れてもらったのだそうだ。そのあと数年で芸人に転身し、お笑いコンビのコント・レオナルドとして活躍した後に俳優に復帰している。

石倉は、数多くの武勇伝も持っている。その一つとして石倉は、ナイフで切られたエピソードを披露した。

石倉がタクシーを止めて乗ろうとすると、酔っぱらった男が割り込んで乗ったのだという。腹をたてた石倉が酔っぱらいを引っ張り出そうとすると、酔っぱらいが突然に殴られたそうだ。

これにブチギレた石倉は、相手の男と取っ組み合いになってしまった。その際に石倉は、相手の出したナイフによって睾丸を切りつけられ、14針も縫うケガを負ったそうだ

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ナイフ相手に金的を狙われても捻じ伏せてケンカに勝ったということですので、もの凄いことですよね。

また、週刊文集を襲撃して逮捕された同じく武道派のビートたけしと交流が深く、一緒になって飲みに回ってケンカをしていたという逸話もあります。二人で脅してヤクザにお金を出させて飲んでいたという伝説まであります。

石倉三郎のケンカ最強伝説というのは確かに芸能界の歴史に刻まれているようですね。

当時は、ケンカっ早くて、しょっちゅう青たん、赤たんを作っていたから目立ったのかもしれない。“さぶちゃんって、ケンカ好きなの?”って聞かれて、“ケンカ好きなヤツなんていないですよ”って話したことを覚えている

と、ぶっちゃけた話をしていたので、ケンカが大好きだったという本当にサイコパスな人ではないようですね。

石倉三郎って相方がいたの?

俳優業から入った石倉三郎は、今でいうお笑いコンビを組んで、お笑いに世界を移したことでとして、一世を風靡しました。もちろん、その相方がいます。

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「レオナルド熊」という人物です。

1935年生まれで1994年に病気で亡くなっています。享年60歳でした。

お笑い集団解散と時期があってお笑いコンビを組むというのはいつの時代にもあるようで、レオナルド熊は1946年生まれの石倉三郎とは10歳も年上でしたが、解散時期が重なった石倉三郎を誘って「ラッキーパンチ」というお笑いコンビを組みました。

これが大当たり。

テレビでは見ない日がないほど人気になり、二人は一躍売れっ子になりました。

コンビ仲の悪化で1年と少しで「ラッキーパンチ」は解散してしまいましたが、その後に仲直りして「コント・レオナルド」として再ブレイクし、1985年までブレイクは続きました。

石倉三郎がやってる自分の店ってどこにあるの?

花菱という有名な居酒屋があるのですが、このお店は実は石倉三郎の嫁が経営している居酒屋なのです。美人女将として有名だったそうです。石倉三郎がお店をやっているという情報はありますが、これは正確にいうとデマですね。

経営しているのは嫁です。ただ、石倉三郎が度々顔を見せにやってくるので、石倉三郎に出会える確率は高いでしょう。

お店についての情報は以下の通りです。

店名:花菱

住所:東京都江東区富岡1-4-5

交通手段:東西線門前仲町駅2番出口徒歩2分、門前仲町駅から225m

石倉三郎とレオナルド熊のホントの関係

レオナルド熊と石倉三郎は本気で仲が悪かったようですね。

お互いビジネスとしてお笑いコンビを組んでいたという意識が強かったようです。

その証拠として石倉三郎はレオナルド熊の葬式にも出席しませんでしたし、病気で療養している時も一切会おうとしなかったようです。

レオナルド熊の性格にも問題があり、裏営業などを相方である石倉三郎に黙って行うなど素行が目立っていたようです。

ケンカ番長だった石倉三郎にとって、才能ある相方を見つけるのには苦労しなかったようですが、相方を持ち続けるのは難しかったようですね。

まとめ

戦前直前に生まれ、戦後もかなりの期間はアメリカ軍によってラジオやテレビなどが管理され、「情報兵器」として見られていた時代でテレビを作った人物が石倉三郎です。

監視の目をかいくぐりながら、テレビの前線で活躍して、日本のお笑い文化やドラマ文化などを築き上げてきました。石倉三郎は今でも俳優として活躍していますが、様々な事情がありながらもテレビの世界を作った第一人者の一人であることは間違いありません。

その石倉三郎の功績は大きいものがあるでしょう。

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