中川翔子は父親(中川勝彦)とCM共演?スキャンダル画像流出?

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今回スポットライトを当てるのは中川翔子の父親である中川勝彦です。

しょこたんこと中川翔子はマルチタレントとして活躍していますが、父親である中川勝彦は1994年に32歳という若さで亡くなっています。

あまりも早すぎる旅立ちでしたが、中川勝彦はどんな人だったのか?

今回はそんな中川勝彦のスキャンダルの噂や死因についてまとめました。

中川翔子の父親はどんな人?画像有り?

中川翔子は「しょこたん」の愛称で知られているマルチタレントですね。

1985年5月5日うまれ、東京都中野区出身で声優・漫画家・歌手などあらゆるジャンルで大活躍しています。

そんな中川翔子の父親は中川勝彦です。

1980年頃にミュージシャン・歌手・俳優・声優といった娘と同じくマルチタレントとして活躍していました。

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1962年7月20日うまれ、東京都文京区出身の中川勝彦は交際していた女性が妊娠したことをきっかけに結婚

当初はイメージダウンを考慮して中川翔子が産まれたことを公表しませんでした。

今はそこそこデキ婚について寛容になっていますが、当時はそうとう複雑な問題だったでしょうから、無理もないですね。

中川勝彦と中川翔子が親子関係であることが判明したのは、中川翔子自身がタレントになって

「父が中川勝彦」

と発言してからです。

中川翔子自身も中川勝彦の娘と隠したまま活動するのは肩身が狭かったでしょうし、無事カミングアウトできてよかったなと思います。

イケメン画像あり?

中川勝彦の画像をみてみると、ルックスがよくてめちゃくちゃイケメンであることが分かります。

当時はそうとうモテたことでしょう。

ヴィジュアル系アーティスト、ラジオ・ドラマなど多岐にわたって活躍しています。

「ねらわれた学園」「転校生」などの映画にも出演。

しかし娘の中川翔子によると

怪獣オタクの変なお父さん

だったらしいです。

ギャップがすごいですが、なんだか微笑ましいエピソードです。

中川翔子と父親の妻は漫画家の中川桂子?

画像引用元:https://myfavoritetopics.net/archives/2707

中川翔子とその父親・中川勝彦についてお話ししましたが、それでは母親は誰なんでしょうか?

中川翔子の母親について調べると、中川桂子という女性であることが分かりました。

中川桂子は1966年うまれ東京都出身ですが、自称「永遠の29歳」なんだそうです。

ちょっと面白いですね。

中川勝彦が亡くなってからはショーパブを経営したり、趣味がコスプレだったり派手でお祭り好きという破天荒な性格であることが知られています。

ちょっとしょこたんに通じるものを感じます。

ちなみに、現在は中川翔子と同居しているみたいです。

親子仲は良好なようですのでこれからも仲良くしてほしいですね!

中川翔子が父親(中川勝彦)とCM共演?

中川翔子はCMにも多数出演していますが、過去にはなんと親子でのコマーシャル出演が実現していました。

それは2018年7月のこと。

ACジャパンの骨髄バンク支援キャンペーンのCMでした。

画像引用元:https://orionfdn.org/nakagawashoko-titi/

中川勝彦が亡くなった年の年齢をむかえたタイミングでこのCMの話をもらったしょこたん、自身のブログで、不思議でならないが父親が見守ってくれているんだろうといった発言をしていました。

そのときのブログはこちらです。

中川翔子もまさかの父親との共演に驚きつつも喜んでいたみたいですね。

中川翔子にとっても、天国の中川勝彦にとってもすごく素敵な思い出となっていることでしょう。

中川翔子(しょこたん)とCharが歌った亡き父の楽曲とは?

画像引用元:https://www.oricon.co.jp/news/2035723/photo/1/

そんな中川翔子、2014年4月にアルバム「9lives」のボーナストラックとして父・中川勝彦の楽曲である「ラスト・ウィッシュー同じ色のクリスマスー」をカバーしています。

なんとレコーディングにはあの名ギタリスト・Charが参加。

中川翔子はCharから話を聞いて、中川勝彦がこの曲をとても楽しそうに歌っていたということを初めて知ったといいます。

きっと中川翔子も安心したでしょうね。

Charは納得いくまで何度も何度もギターを弾きなおし、最後には中川勝彦に渡すはずであった帽子を中川翔子にくれたんだとか。

当時のことを綴ったしょこたんのツイートはこちらになります。

しょこたんが心を込めて歌い、Charが全力を尽くして演奏してくれたことを天国の中川勝彦もとても嬉しく思っているとおもいます。

往年の中川勝彦ファンからしても感動的なコラボでしょう。

中川勝彦さんの死因は白血病?

中川勝彦は1992年に急性骨髄性白血病を発症しました。

闘病生活は9カ月におよび、一度は復帰したものの発症から二年後の1994年8月に再発したそうです。

同年9月には、なんと32歳の若さで亡くなってしまいます。

あまりにも早すぎますが、当時まだ中川翔子は9歳でした。

9歳というともう当時のことはだいぶ記憶にあるんじゃないでしょうか。

しょこたんにとっても相当ショッキングな事実だったでしょう。

ここでは中川勝彦の病気やそれにまつわるエピソードをお届けします。

中川翔子ドナー登録を呼びかけ?理由は?

画像引用元:https://www.jmdp-donor-special.jp/voice/supporter/000860.html

中川勝彦の白血病治療のためにドナー適合者を探したものの、家族の中で適合する人がいないという結果になりました。

中川勝彦が白血病で苦しんでいた頃、中川翔子は骨髄移植という方法があることを母親から聞いた際に「怖い」と言っていたそうです。

まだ幼いのですから、当然でしょう。

しかし大人になった中川翔子は自分がドナー提供者になっていたら助けることができたのかもしれない、と思ったみたいです。

子供の頃には分からなかったことですが、成長するにつれてドナー提供がどれだけ大切なことか理解したんですね。

その後、先程の親子でのCMを果たすことになりますが、これを機にドナー提供者が一人でも増えてそのことによって誰かの命が救われれば、とドナー提供を呼びかけることに。

画像引用元:https://ape-news.tokyo/archives/13902

こういうことは1人1人が意識を持つことが大切ですから、しょこたんの呼びかけってすごく貴重なことだと思います。

今後ドナー提供をする人が少しずつでも増えていってほしいですね。

中川勝彦は娘中川翔子からの移植を拒否していた?理由は?

画像引用元:https://middle-edge.jp/articles/Zwjee

骨髄移植を「怖い」と言っていた幼い中川翔子に対して中川勝彦はどう思っていたのか

これについて調べると、中川勝彦自身も娘からの移植を拒否していたということが判明しました。

というのも、まだ小さい娘に負担はかけられないと思っていたそうなんですよね。

父親としての思いやりから拒否をしていたということでしょうか…

その事実を知って更に中川翔子は自身がドナー提供者になっていれば、と深く考えたそうです。

親子の絆を感じるエピソードですよね。

中川翔子はドナー提供に関して「正しい知識をもって」「知ることの大切さ」を呼び掛けています。

急性骨髄性白血病とは?どんな病気なの?

画像引用元:https://www.pinterest.ca/pin/861735709925674549/

それでは、中川勝彦を襲った急性骨髄白血病とは一体どんな病気なのでしょうか?

この病気について調べると、病状の進行は遅いため急に症状が出現する場合が多いという情報を得ました。

中川勝彦が気付いたときもだいぶ進行していたのかもしれませんね。

そもそも急性骨髄白血病は、血液をつくる過程で未熟な血液細胞である骨髄芽球になんらかの遺伝子異常がおきてガン化した細胞が無制限に増殖することで発症するみたいです。

難しい言葉が多いですが、血液を作る過程で異常がおきてガンとなってしまうということでしょうか。

なかなか複雑な病気です。

発症頻度は10万人に2~3人で、発症率は年齢が高くなるほど増加するといわれています。

そう考えると、中川勝彦はかなり若い頃にこの病気で苦しんでいたんですね。

白血病の原因は?

画像引用元:https://ganjoho.jp/public/cancer/AML/treatment_option.html

それではこの病気はどういったことが原因で起きるのか?

色々調べてみたのですが、染色体や遺伝子の異常が原因である急性前骨髄球性白血病と、化学治療や放射能治療を受けた後に発症する二次性白血病以外は明らかな原因が不明となっているみたいです。

原因が分かっていればこの病気で苦しんでいる人もおそらくもっと助かっていると思いますので、納得ですよね。

放射能や化学物質も原因の一つか?といわれていますが充分に解明はされていないもよう。

とても大変な病気ですが、早く原因が解明されたらいいなと思います。

白血病の症状は?

画像引用元:https://opendoctors.jp/diseases/detail/598d1a7f0d033171092c8cd0aeb63eff/

この病気の症状は、骨髄で白血病細胞が増加することで造血機能が低下して正常な血液細胞がつくれないために起こる症状と、白血病細胞が臓器に浸潤することで起きる症状に分かれます。

それぞれ症状の根源が違うんですね。

造血機能の低下によって起こる場合は、

・息切れ

・動悸

・倦怠感

・発熱

・あざ

などが挙げられます。

そして浸潤が原因で起こる症状は

・腹部の腫瘤

・歯茎の腫れや痛み

・腰痛や関節痛

・お腹が張る

など。

この主な症状も造血機能の障害では赤血球減少や白血球減少、血小板減少など細やかな原因が違っています。

浸潤の場合も同じで、症状が出るには肝臓や脾臓の腫れ、髄膜への浸潤といった違いがあるそうです。

一口に白血病といっても、こんなに症状の原因が違うんですね。

白血病の治療法は?

画像引用元:http://www.saga-hor.jp/main/371.html

急性骨髄白血病の治療は、化学療法を中心として行われるそうです。

要は抗がん剤治療ですね。

初期治療の場合は抗がん剤をいくつか併用する寛解導入療法を行い、その後の完全寛解を維持して白血病細胞をゼロに近づけるために寛解後療法も行うそうです。

その他にも背中から細い針や管を挿入して中枢神経に直接抗がん剤を投与する治療もおこなわれます。

これは髄腔内注射というそうです。

原因不明でありながら、こんな大掛かりな治療をするとなると体力的に厳しそう…

中川勝彦もきっと精一杯病気と向かい合って治療に取り組んだんでしょうね。

中川翔子の父親(中川勝彦)のスキャンダル画像が死後17年後に流出?

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そして中川勝彦といえば、スキャンダルの話題も注目されていますね。

このスキャンダルは中川勝彦が亡くなってから17年後の2011年に流出しています。

その不倫画像は24枚に及ぶものでしたが…

どんな画像だたのでしょうか?

お父さん中川勝彦の不倫

まさかの亡くなってから17年後に流出した中川勝彦のスキャンダル画像

どうやら妻でない女性と親密な関係を結んでいる画像だったみたいですね。

なぜ不倫の画像が亡くなって17年も経ってからサイトに公開されたのか…

中川翔子はとてもショックを受けていたといいますし、本人が亡くなってからこういった画像を流出してしまう心無い人もいるんだなぁとちょっと悲しい気持ちです。

残された家族の気持ちを考えたらこんなことできないですよね…

マーケティング戦略の噂

画像引用元

中川勝彦のスキャンダルが出た時期は2011年ですが、このスキャンダル自体がマーケティング戦略だったのではないかといわれています。

というのも、中川勝彦の朗読CDつき絵本が発売された時期と不倫の現場写真が流出したのは同時期

話題性を重視してのことだったのかもしれませんが、やりすぎかなと思います…

なぜこのタイミングで流出したのか?それが本当にマーケティング戦略だったのか?実際のところは分からないですし、画像は現在削除されて閲覧できない状態となっています。

削除されているだけよかったかなと思いますが…

中川桂子や中川翔子の気持ちを考えると胸が痛む話題ですよね。

中川翔子、ショックで誕生日カードを捨てた?

画像引用元:https://insta.refetter.com/person/725/

当然のことながら、中川勝彦の不倫の事実をしった中川翔子は相当なショックを受けました

その際に中川翔子が9歳のときに父親からもらった誕生日プレゼントのバースデーカードを捨ててしまったそうです。

なんだか可哀想…

心無い行為で親子の絆までバラバラになりかけたんですね。

しかし、最終的には母親・中川桂子が拾いなおして今でも大切に保管しているといいます。

お母さんやさしい!

よかったですね~…一安心です。

どんな過去があっても中川翔子にとって中川勝彦はたった一人の父親です。

これからもバースデーカードを大切にし続けてほしいなと思います。

中川翔子、亡き父からメールが届く怪奇現象体験?

父・中川勝彦が亡くなってから中川翔子の身の回りでは怪奇現象が起きたといいます。

なんと中川勝彦が大切にしていた懐中時計が彼が亡くなった時間で止まったり、誰もいないはずの2階から足音が聞こえたり、締め切った部屋で髪の毛がなびくなど、常識では考えにくいことがたびたび起こりました。

さらに、中川勝彦から中川翔子宛にメールが届いたなんて話も!

部屋で中川翔子が突然金縛りにあい、机の上のパソコンが勝手に起動してキーボードをたたく音が聞こえたそうです。

メールを開くと、作成日が中川勝彦の誕生日になっていました。

この一件を某番組で話すと「女性の霊の仕業」と断定されたといいます。

というのも、もしその霊が中川勝彦だったら金縛りにはしないし、悪いことはしないという理由がきちんとあるそうです。

確かに、父親の霊ならば大切な娘を困らせるようなことはしないですよね。

ちなみに中川翔子は霊感が強いほうだったみたいですね。

原因が分からないとますます不安になるので、しっかり判明してよかったなと思います。

中川翔子と父親のコラボ親子絵本が出版された理由は?

画像引用元

中川勝彦は1993年に絵本「未知の記憶」を出版しています。

この本が出版されたのにはある素敵な理由があるんだそうです。

この「未知の記憶」は中川勝彦が亡くなる一年前であり、病床で完成させた絵本です。

当時中川勝彦は体調が悪い日々が続いていましたが、それが理由で中川翔子と一緒に過ごす時間が多かったといわれています。

そのため中川翔子も制作を手伝っているんですよ。

広大なアフリカでダチョウの”ニボ”がはじめて海へ行きつき、世界のありかたを知るという感動的な内容ですがこの絵本を残したのは中川勝彦から中川翔子への愛情以外の何物でもない、といわれているんですね。

自分の代わりにこの絵本が娘の傍にいて見守ってくれるように、と願いを込めたのかもしれません。

ちなみに、この「未知の記憶」は中川勝彦の朗読CDも一緒になって2011年に復刻再版されています。

なんと復刻ドットコム年間販売ランキングで1位を獲得するほど。

中川勝彦がしょこたんに逞しく強く生きてほしいという切なる思いを込めた作品だったということですね。

まとめ

画像引用元:https://renote.jp/articles/4693

今回は中川翔子とその父親・中川勝彦についての話題をご紹介しました。

いかがでしたか?

若くして旅立ってしまった中川勝彦、スキャンダル画像流出など色々とありましたが娘の中川翔子にとっては自慢の父親でしょう。

中川翔子のマルチタレントとしての今後の活躍にも期待したいですね。

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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