荻原桃子の旦那は小橋賢児?家(自宅)がお洒落?松本恵奈とは仲良し?ブランドは?

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18歳でショップ店員と読者モデルとなり、その後店長になってファッション業界の経営ノウハウを学び、自分のブランドの立ち上げ、そして現在はデザイナーとして活躍している荻原桃子は1984年生まれということで若手でありながらその才能を世間に見せつけています。

プライベートも含めて、一体どんな人物なのか詳しくリサーチをしてきました。

荻原桃子の旦那は小橋賢児

荻原桃子の旦那は元俳優である小橋賢児です。

ブレイクしたのは2000年前後で、バラエティー番組、ドラマ、映画に引っ張りだこになっていた人物です。しかし、その後人気は低迷していき、2007年に引退し、突然に世界一周旅行を始めて芸能人として視聴者の記憶から一気になくなった俳優です。

現在は俳優を辞めて、映画監督やイベントプロヂューサーというような如何にも遊び人というような仕事をして生計を立てています。

ヒモなのか、自由人なのか、やり手なのか?

ちょっとわかりづらい人物を旦那にしたようですね。

荻原桃子の家(自宅)がお洒落?

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荻原桃子はデザイナーとしてファッション業界にいるということを非常に誇らしく思っています。そのため、室内のデザインには自分が納得するまで作りこんだみたいですね。

自宅の外見そのものは法律的な関係で普通です。「まことちゃん」などで漫画の歴史を刻んだ漫画家の楳図かずおさんが奇抜なファッションの家を建てて「街の景観を損ねる」として近隣住民から告訴されるという事態が実際に起きています。

その代わり、内装はかなりお洒落に作りこんでいるとテレビ番組での自宅訪問撮影という形のロケで明らかになりました。

印象としてのイメージは、

「高級カフェ店をそのまま自宅にした」

というものです。

それも様々なジャンルから取り寄せて自宅をデザインしていますね。

自宅をそのままカフェにしたら楽々と黒字経営で大儲けできるレベルです。

荻原桃子と松本恵奈と仲は?

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これまで人気ブランド「EMODA」のプロデューサー松本恵奈をはじめ「MURUA」の荻原桃子、「UNGRID」の吉田怜香など数々のおしゃれプロデューサー通称“おしゃP”ブームを巻き起こしてきたJJが、遂に新ジャンルを確立

とあります。

読者モデル雑誌「JJ」の中でもブランドプロデューサーとしてお洒落を確立し、「おしゃPブーム」を巻き起こしたのが、荻原桃子と松本恵奈の二人です。

テレビ的に言う「仲良しアピール」というものは、視聴者的には逆に「本当はドロドロな関係なんだろうなあ」と思わせてしまいます。

ただ、荻原桃子と松本恵奈の場合は普通に仲が良いみたいですね。

プライベートでの交流もあります。

モデルは常に同僚である仲間を

・格下に見るか?

・格上に見るか?

という目で見る世界です。

同じ立ち位置で同じ目線で同じ時代を作った。

そういう一面で、仲は切っても切れないものがあるのではないでしょうか?

荻原桃子はデザイナー?ブランド名は?

デザイン事務所として荻原桃子のブランドとして立ち上げた2006年が最初です。その当時は「MURUA」という名前で活動していました。

しかし、それは成功せず、丁度10年後、2016年にリベンジをすることにしました。

新たに「UN3D. (アンスリード)」としてブランドを立ち上げ、そこでデザイナーとして就任していくことになったのです。

荻原桃子クリエイティブ・ディレクターが手掛けるマークスタイラーの「アンスリード(UN3D.)」が、芸人の野性爆弾くっきーをアーティストとして起用したコラボアイテムを発売する。今回のコラボでくっきーは、乙女のアートや指モチーフの作品を描き下ろし、これらを「アンスリード」のアイコンである“オリガミプリーツ”仕様のスカートなどに仕立てた。

「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」で発売する。

と、最近でも人気お笑い芸人でアーティストとしても成功をしているテレビで引っ張りだこの野性爆弾くっきーとコラボをするなど精力的に活動しています。

画像を見たところ、シンプルかつセンスの良いファッションを敢えてテーマとして選び、そこに野生爆弾くっきーの独特の世界観を埋め込む余地を残しています。

世界観が完成している人物に乗っかかるのは簡単です。

しかし、荻原桃子はそこに自分のデザインを意識して埋め込んでいます。

それはデザイナーとして非常に評価すべきことです。

荻原桃子に関する記事のまとめ

ファッション界で成功者となった荻原桃子という人物から学べるものは多いです。

大手アイドルグループを卒業した途端に人生が上手くいかなくなるようなアイドルは山ほどいますが、それは自分の商品価値を取引先にとって最も高価だと事務所が勝手に決めて販売していたからです。

取引先によって自分の商品価値は違いますし、自分の価値は自分で決めないと成功者にはなれないようですね。

それを最大限に使いこなしたのが荻原桃子なのです。

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