坂本勇人選手の母親はプロ1年目に他界していた!涙腺崩壊の母親愛がスゴイ!

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画像引用元:https://number.bunshun.jp/articles/-/840732

「最優秀選手」「ベストナイン」「ゴールデングラブ賞」「月間MVP」など数多くの賞を受賞して、巨人の主軸選手として活躍をしているのが、坂本勇人選手です。

坂本勇人選手の母親との感動エピソードがネット上で話題を呼んでいました。
母親は、一体どんな人物なのでしょうか?プロ1年目に他界しているというのは、本当なのでしょうか?

涙腺崩壊の親子愛について、徹底追及していきたいと思います。
というわけで、坂本勇人選手の母親についてあれこれ調査してみました。

坂本勇人選手の母親はどんな人?母子家庭で息子3人を育てた!


画像引用元:https://sudachiownpace.com/2019/12/06/

坂本勇人選手の母親とは、一体どんな人物なのでしょうか?
一人で息子3人を育て上げたというのは、本当なのでしょうか?

詳しい人物像について探っていきたいと思います。

坂本勇人選手の母親はシングルマザー!離婚の経緯は?


画像引用元:http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=106-20190715-01

坂本勇人選手の母親の名前は、松村輝美と言います。
名前からも分かるように、坂本勇人選手が幼い頃に離婚をしています。

父親・喜代三の職業はアメリカで牧場主をしており、ファミレスなどに食肉を卸す卸業者を経営していたそうです。

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こちらが、母親・輝美の顔写真です。


画像引用元:https://cherry0704.com/post-892/

とても美人な人ですよね!坂本勇人選手は、母親似だということが分かります。

詳しい離婚理由については、明かされていませんが、仕事から日本とアメリカを行き来することが多いことからすれ違いが原因だったのかもしれませんね。

坂本勇人選手の母親は息子が3人!とてもいい母親だった!!


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坂本勇人は、3人兄弟の次男として生まれました。
母親・輝美は、3人もの子どもを育てたと言えます。

  • 兄・勇太 1982年生まれで年齢は(2020年7月現在)38歳
  • 弟・勇斗 1991年生まれで年齢は(2020年7月現在)28歳

2016年にグアムで自主トレをしていた際に、弟・勇斗も一緒に同行をしていました。
貴重な、ツーショット画像がこちらです。


画像引用元:http://net-kousien.com/sakamoto-brother/

さすが、兄弟ですよね!
髪型も同じで驚きました。
噂では、弟・勇斗はマネージャーとして務めているのではないか?と言われていました。確かに、自主トレに参加していたことからも信憑性は高いと言えますね。

そして、兄・勇太の顔写真がこちらです。


画像引用元:https://yuuus922.hatenablog.com/entry/2019/05/17/183408

イケメンのお兄さんですね!
坂本勇人は、兄の子どもをとても可愛がっているそうです。

3人の息子を立派に育て上げた母親・輝美は凄い人物だと言えますね!

坂本勇人選手は母親のおかげで野球で大成した!


画像引用元:https://www.giants.jp/G/gnews/news_3914389.html

坂本勇人選手は母親・輝美のおかげで、大成したと言われていますが、それは本当なのでしょうか?

坂本勇人選手へのアドバイスとは一体何を言ったのでしょうか?
詳しく深堀していきたいと思います。

坂本勇人選手の母親が少年野球の運営にも協力的ですごかった!


画像引用元:https://mtm-japan.jp/2019/12/05/1136/

坂本勇人選手の母親・輝美は、少年野球の運営にも積極的に参加していたと言われています。

坂本勇人選手が所属していた「伊丹市立昆陽里小学校」で活動する少年野球チーム「昆陽里タイガース」では、会計役を務め、運転手として子ども達の送迎もしていたそうです。

昆陽里タイガースでは、保護者によるお茶出しを当番制ではなく、率先して保護者が行っていると言います。
母親・輝美も、率先して会計役や送迎をしていたことが分かりますね!

坂本勇人選手に母親の影響で右投げ右打ちに?アドバイスもしていた!


画像引用元:https://spice.eplus.jp/articles/265913

坂本勇人選手は、実は左利きにも関わらず、右投げ右打ちなのではなぜでしょうか?

調査してみたところ、野球を始めた時に右投げだった兄・勇太のグラブを坂本勇人選手へ与えたのです。
母親・輝美が、坂本勇人選手が左利きだったことを思い出した時には、既に右用のグラブで壁打ちをしていたため、そのまま使用させたとか。

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また、同じ昆陽里タイガースの同期だった田中将大選手の球をどうしても打つことが出来なかった坂本勇人選手に対して「左がダメなら右でしてみたら落ち込んでたってしょうがないでしょ。やるだけやってダメなら次の方法考えたらいいじゃない」と右打ちをするようにアドバイスをしたのです。

このアドバイス通り右打ちにしたところ、田中将大の球を攻略することができたそうです。

さすが、母親ですよね。誰よりも息子を近くで観ていたからこそ、できたアドバイスだと言えます。

坂本勇人選手の母親はプロ一年目に他界!死因は小腸がん?


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そんな、母親・輝美がプロ1年目に他界したというのは、本当なのでしょうか?
死因は小腸がんなのでしょうか?

また、坂本勇人選手が母親・輝美の為に打った感動のホームランについても、詳しく探っていきたいと思います。

坂本勇人選手の母親は坂本選手が入団した年に他界。死因は小腸がんだった!


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2007年に坂本勇人選手がプロ入りを果たした頃には、既に母親・輝美は小腸がんに侵されていました。

そして、2007年6月19日に小腸がんのため、47歳という若さで亡くなってしまうのです。

小腸がんの発症数は、人口10万人あたり1~2人と、非常にまれながんだと言えます。そのため、発見が遅れてしまい進行をしていることが多いという特徴もあります。

発見が遅れてしまう原因としては、以下のことを挙げられます。

  • 自覚症状が出にくい
  • 通常の内視鏡が届かない

そのため、がんが進行してしまい、嘔吐や腹痛、下血や血尿と言った症状が出で初めて発覚するというケースが多いとか。

坂本勇人選手の母親・輝美も、多忙なため発見が遅れてしまったのだと言えますね。

坂本勇人選手が母親がなくなる前に贈った唯一のホームランがすごい!


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坂本勇人選手は、「おかんの体調が悪いっていうのは聞いていたので、最後の試合になるだろうなと思っていた」と明かし、2007年5月12日に日本ハムファイターズ戦に母親・輝美を招待をしました。

すると、第1打席の初球で坂本勇人選手は、いきなりホームランを打ったのです!
母親・輝美は涙を流して喜んでいたと言います。

息子の雄士を誰よりも誇らしく思ったと言えますね。坂本勇人選手も、ホームランを打つなんて最高の親孝行プレゼントですね。

坂本勇人選手は毎年母親の命日に活躍!その母親愛がすごい!


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母親・輝美の命日には、母親に捧げる猛打が話題を呼んでいます。

例えば、2016年6月19日の試合では、先制の適時打を含む3安打2打点を出し、チームを勝利へと導きました。
そして、2020年6月19日に試合では、新型コロナウイルスの感染が発覚して10日間の入院をして、2軍の試合を経て18日に1軍の練習へと合流したばかりでした。
万全の体調とは言えない中で臨んだ試合で、見事、3打席凡退後、最後の4打席目で左前安打を打ち自身の通算2000安打まで残り115本としました。

天国の母親・輝美も、坂本勇人選手を後押ししたのかもしれませんね。

【感動!】坂本勇人は母の日に登場曲を「LETTER~おかんに贈る音の手紙~」に!


画像引用元:https://sudachiownpace.com/2019/12/06/%

坂本勇人選手は、母親・輝美の命日には必ず登場曲をG2の「LETTER~おかんに贈る音の手紙~」を使います。

こちらが、その曲です。

G2 / Letter 〜おかんに贈る音の手紙〜 [OFFICIAL]

母親へのストレートな感謝の気持ちを歌った歌詞に、胸が熱くなりますね。

まとめ


画像引用元:https://number.bunshun.jp/articles/-/840732

巨人の主軸選手として活躍をしている坂本勇人選手の母親について、詳しく調査してみました。
母親・輝美は、父親と離婚後、3人の息子を一人で育て上げました。

坂本勇人選手が所属していた少年野球チーム「昆陽里タイガース」では、会計役や送迎をするなど率先して、運営に参加をしていました。

また、坂本勇人選手が右投げになったきっかけは、兄・勇太のグラブを与えたことでした。
少年野球チームで同期だった田中将大の球を打てなかった坂本勇人選手へ、右打ちのアドバイスをしたのも母親・輝美だったのです。

そんな、母親・輝美は、2007年6月19日に小腸がんのため47歳という若さで亡くなってしまいます。その年は、坂本勇人選手がプロ入り1年目の年で、坂本勇人選手が招待した試合では、第1打席の初球でホームランを打つという最高の親孝行プレゼントをしました。

その後も、母親・輝美の命日には登場曲をG2の「LETTER~おかんに贈る音の手紙~」を使用して、結果を残しています。

1軍で大活躍をする坂本勇人選手の姿を観ることはできませんでしたが、きっと天国でその雄姿を見守っていると言えますね!

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